7月18日(土)14時から、大妻コタカ記念会館で「戦後70年 私のヒロシマ」と題する特別講演会を、大妻コタカ記念会主催で開催いたしました。
講師をお願いした佐野博敏先生(大妻女子大学名誉学長、前理事長)は広島市のご出身で、原爆が投下された時には、学徒動員で大竹市の工場にいらっしゃいました。
実家にはお母様がいらっしゃり、翌日からそのお母様を探して街中を探し回られました。まさに極限状態の中、倒れていたり亡くなっている人があふれている中、自分は顔を見分けることができなくても母が生きていれば、母の方から「博敏・・」と声をかけてくれるであろうということを頼りに必死に探されたそうです。
お母様は原爆による爆風で割れた窓ガラスが腕に突き刺さり、動脈が切れ大出血をして絶対安静の状態で救護所に収容されていたことが、一週間ぐらいしてやっとわかり無事再会を果たすことができたそうです。
先生が実際に目の当たりにした原爆の惨状が語られ、沖縄戦や広島と長崎の原爆などを含めて先の大戦で莫大な数の善意の人が亡くなったこと、原爆による放射能障害は20年後、30年後・・になってから発症してくることなど、歴史的な背景と共にお話しいただきました。
佐野先生はずっとご自身のこの体験をお話になることはなかったそうですが。学長時代の平成16年に短大家政科からの要請で学生にお話をされたそうです。
どのような反応があるのかと思いながら講演に臨まれたそうですが、学生は真剣に話に聞き入り、講演後に書かれた立派な感想文を読んで、若い人たちにきちんと語り継いでいかないといけないと強く思われたそうです。
年々戦争の事実が遠い歴史になっていきますが、今を生きる我々は、後の世代のために今日のお話をしっかり受け止めていかなければならないと思いました。
このご講演内容の詳細は9月発行の会誌「ふるさと」に掲載いたします。